小学校受験をリアルに描いた話題作! 『君の背中に見た夢は』著者の外山薫先生インタビュー
「小学校受験で試されるのは家族です!」という帯のキャッチコピーが印象的な本作品は、タワマン文学でお馴染み、作家の外山薫先生(X@kaoruroman)の最新作。仕事と家庭の両立、協力してくれない夫、かさんでいく教育費、思い通りにならないわが子。悩み葛藤しながらも娘を名門小学校に合格させるために奮闘するママが主人公です。今回は外山さんに、なぜ小学校受験をテーマに選んだのか、さらにこの作品を通して読者に伝えたかったことなどをお聞きしました。
目次
タワマンも小学校受験も“外からでは見えないよさ”がある
__なぜ、小学校受験をテーマにした作品を執筆しようと思ったのでしょうか?
私はこれまで湾岸エリアのタワーマンションを舞台にした、いわゆる“タワマン文学”を描いてきました。タワマンは外から見るとキラキラした世界であり、富裕層特有の見栄やマウントの取り合いなどやっかみの目で見られ、時にたたかれがちですが、実際に住んでいる人たちに話を聞くと「そんなことはない!」と言います。この“普通の人とは違うやっかみ”が、私が小説の道に入ったきっかけです。これは小学校受験にも同じことが言えそうだなと感じ取材を始めました。
さらに、元々教育に関心があって、ここ数年共働き層が中学受験から小学校受験へシフトしていること、共働き層の中学受験回避がトレンドになりつつあることも実感していました。執筆に際し、実際に小学校受験を経験した保護者の方々に話を聞いてみると、親が合否にかなりのウエイトを占める点など、外からでは見えない世界が興味深いなと感じました。一方で、小学校受験の内容が、知識の詰め込みではなく、実はもっと深い実践的な学びであることにも驚きました。
小学校受験を象徴する3家族に込めた想い
__本の中には小学校受験を象徴する3家族が登場しますが、それぞれのキャラクターに込めた想いを教えてください。
まず、主人公の新田家(パパは多忙なテレビマン、茜ママは化粧品会社広報の共働き。受験を意識したのは遅いものの、娘は4月生まれで超優秀)について。
新田家は、地方出身の一流企業勤めのバリキャリ妻と中学受験経験者の夫の共働きという、最近増えている小学校受験層の新規ボリュームゾーンという位置付けです。この層は、母親が受験に熱中していく一方で、父親のやる気がないという不満を抱えています。また、女性の社会進出で総合職が多いアラフォー世代は、努力してキャリアをつかんだはずなのに、子育てと仕事を両立できるインフラが整っていない状態で男性同様の働きを求められ、家では家事育児もこなし夫は育児も家事も協力的ではない。はたから見たら完璧なスペックに見えて、実は満たされない葛藤を抱えています。
__松島家(教育熱心で上品な麗佳ママは、ザ・お金持ちの専業主婦ながらも、引っ込み思案な娘の性格に悩んでいる)についてはどうでしょう?
松島家は、いわゆる伝統的な小学校受験名門家庭です。自分もそういう環境で育ったから小学校受験をさせるのが当たり前という考えで、親からの贈与や夫の稼ぎで不自由なく暮らす専業主婦。共働きの新田家とは住む世界が違います。外から見れば恵まれている環境の麗佳も、すべてが満たされているわけではなくて、名門校に合格させなければというプレッシャーがあり、子どもの出来不出来で一喜一憂して責任を感じてしまう。早熟な子が有利とされる小学校受験では、月齢など親がどうしようもできないことでも苦悩しています。この階層の人たちは私に縁がない別世界なので、やや野次馬的な感覚で描いている部分もあります。
__澤田家(カリスマ美容師で実業家の夫を持つ寛子ママは、派手な見た目のお金持ちという今どきの感覚を持つ若い双子のママ)についてはどうでしょう?
寛子は、新興富裕層とでも言いましょうか。一代で財を築いた成金的な夫を持つ元ヤンママ。本人は受験には興味がなく、見栄やブランド志向が強い夫に言われて幼児教室に通っています。夫は子育てや教育は妻任せにもかかわらず、学校は有名かどうかで選ぶタイプ。最初は茜のライバル的な存在で描こうと思っていたのですが、寛子の「受験ではこんなこともしなきゃいけないの?(無理なんだけど……)」と正直につっこみを入れるキャラクターが、世間のリアルな声なのではと思っています。加えて、澤田家は最終的にある重大な決断をしますが、この話も入れたかったトピックです。寛子のように悩みながらも進む方向を自分で決める姿に共感する読者も多いはずです。
__小学校受験をしなかったら交わることもない3家族が交流していく姿も印象的でした。
私もそうだったのですが、保育園に子供を預ける家庭は育児と仕事の両立に必死で親同士の交流がないまま、仲の良いパパ友もママ友もできないという家庭が案外多いようです。困ったことがあればネットで調べる、という保育園中心の子育てとは違い、幼児教室に通いながら小学校受験を目指す家庭は、想像以上に交流があるなと感じました。ライバルではあるけれど戦友というか。もちろん教室によってカラーも違うと思うのですが、小学校入学後も同じ幼児教室のパパ同士が飲み仲間という方もいました。独特のコミュニティだからこそ、同じ価値観を共有できる仲間になるのかもしれませんね。
執筆前と後では小学校受験のイメージが180度変わった
__この本の執筆前と後で小学校受験の印象は変わりましたか?
茜が地元の友人と博物館で会うシーンがあるのですが、そこでの「子どもをロボットみたいに勉強させてかわいそう」という友人の台詞はまさに私が執筆前に感じていた言葉です。小学校受験の過去問題集をパラパラと見て「なんじゃこりゃ!教育虐待!?」とすら思ったほどです(笑)。ところが取材を通して、幼児教室では、小学校受験で問われる四季折々の植物、童謡や数量なども体験を通して自然に学んでいくカリキュラムが組まれており、親が焦らなければ、とてもいいカリキュラムだなと感じました。昔は、一緒に住む祖父母が季節の行事や旬の食べ物の由来なんかを教えてくれたかもしれませんが、今の都市で暮らす核家族の子育てだと、難しいですよね。つまり、取材前と後では、小学校受験のイメージが180度変わりました!
中学受験で戦うのは子どもであり、小学校受験で試されるのは家族!
__小学校受験と中学受験ではどんなことが違うと感じていますか?
中学受験で戦うのは子どもであり、その家がお金持ちだろうが総理大臣だろうが変わりませんが、小学校受験はそうじゃない。試験には面接があり家庭や家族の在り方が問われ、家族一丸となって戦う必要がある。また、最近では少なくなったとは言え、縁故やその学校の出身者が身内にいる場合は書く備考欄があるという。これってすごい世界ですよね。問われる環境を設定する両親の責任が大きい。不透明で不平等と言えばそれまでだけれど、これを負担ととるかチャンスととるかはその人の価値観次第でもある。だからこそ、小学校受験は合格だけを目的とすると辛いと思います。万一ご縁がなかったとしても、それまでの経験は無駄にはならないという優しい世界でもあるなと感じます。
__幼児教室のカリスマ講師、大道寺先生が印象的でした。作品の中ではどのような位置づけとして登場させているのでしょうか?
取材をして感じたのは、よい先生は「試験のための勉強ではなく、人としての土台を作っている」ということ。そんな先生方は共通して「幼児教室は合格のためのトレーニングではありません」とおっしゃっていました。大道寺先生のように、どんなことも包み隠さず親御さんに指摘できる理想的な幼児教室の先生に出会うことで、それまで全く情報もなかった人にも小学校受験の灯台としての役割になるということを描きたかったんです。
それぞれの価値観で“自分にとって何が幸せか”を考えてほしい
__最後に、この本で外山さんが伝えたかったことは何でしょう
今の時代の子育てはインターネットの普及で、今まで交わらなかった層の世界を垣間見られ心がゆさぶられるようになってしまった。お金を持っていて専業主婦が幸せなの? 子どもが名門校なら幸せなの? そうではなくて、“自分にとって何が幸せか”を見つけるというのがこの小説で伝えたかった大きなテーマです。
一方で、受験は矛盾の世界でもあると思っています。全員ができるものではないし、本当に子どもの選択肢が広がるかはわからない。私は教育の本質は、そこに至るまでの過程や、子どもと一緒に成長し寄り添えるところにあると思っています。小学校受験は一部の人の世界と思われがちで、それをテーマにした小説もほぼありませんでした。だからこそ、これから始める人に受験の流れが分かってもらえる、一つの道しるべになるような小説になれたら幸いです。
小学校受験は、とても贅沢な選択だと思います。親ができる範囲で向き合う体験は一生ものです。何より、大事なのは結果ではなく過程であることを忘れずに。小学校受験を含めどんな教育にも向き不向きはあります。ときには“引く”という選択肢もあっていいと思います。中学受験は「もうやりたくない」と言う方が多い一方で、小学校受験は「やってよかった」と多くの親御さんが話していたのが印象的です。辛いこともあるでしょうが、思いつめずに楽しんで、合否判定や順位に振り回されるのではなく、子どもを見てあげてほしいと思います。
『君の背中に見た夢は』の著者プロフィール
外山薫
1985年生まれ、慶應義塾大学卒業。Xでは「窓際三等兵」(@nekogal21) として10.1万人のフォロワーを抱え、タワマン文学の火付け役に。著作『息が詰まるようなこの場所で』(KADOKAWA)に続き、2作目となる小説『君の背中に見た夢は』(KADOKAWA)が発売中。
「子どもを伸ばす実は否定している言葉」著者天野ひかりさんインタビュー
SHINGA FARM(シンガファーム)編集部が執筆、株式会社 伸芽会による完全監修記事です。 SHINGA FARMを運営する伸芽会は、創立半世紀を超える幼児教育のパイオニア。詰め込みやマニュアルが通用しない幼児教育の世界で、毎年名門小学校へ多数の合格者を送り出しています。このSHINGA FARMでは育児や教育にお悩みのご家庭を応援するべく、子育てから受験まで様々なお役立ち情報を発信しています。
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