心理学のプロが解説! 正しく知っておきたい「9歳の壁」
「3年生になったら、急に勉強についていけなくなった……」「以前のような自信がなくなってしまったみたい…」こんな悩みを耳にします。なぜこの時期になるとこのような変化が起きるのでしょうか。今回は、小学校中学年で悩みやすい「9歳の壁」について解説し、親がどのようなかかわりをするのが望ましいかを見ていきます。
目次
「小1の壁」とは質的に違う「9歳の壁」とは?
ふだん育児相談をしているとよく感じるのは、育児の悩みというのは次から次へとやってきて尽きないものの、その内容は年齢に応じて変わってくるということです。赤ちゃん時代はぐずりや癇癪で悩み、2歳になるとイヤイヤ期、幼稚園に入るとしつけのことや園でのトラブル、そして小学校に上がってしばらくすると出てくるのが勉強の悩み……。
「勉強についていけない」というお悩みが増えるのは、小学校3年生くらいが多いようです。実際に、これは「9歳の壁」とも言われるもので、多くのご家庭が、子どもの新たな成長で悩み始める時期として知られています。子どもの壁といえば、小学校入学に伴い仕事と育児の両立が難しくなる「小1の壁」がよく知られていますが、これが時間のやりくりなどの困難で起こるのに対し、今回ご紹介する「9歳の壁」は、子どもの認知的な発達に伴って表れる壁と言われています。
9才の子の心の発達の特徴
9歳、10歳は、成長の質的転換期とも言われており、頭の中で情報を区分したり、比較したり、整理することができるようになってきます。以前、「7歳の反抗期」の記事の中で用いたピアジェ博士の認知発達段階理論をここでも引用し、具体的にどのような発達をしていくのかを見ていきましょう。
段階 | 年令 | 特徴 |
感覚運動期 | 0~2歳 | 自分が動いてその結果何が起こるかという関係性を学ぶ時期 |
前操作期 | 2~7歳 | 自己中心的で、見た目の印象に左右される時期 |
具体的操作期 | 7~11歳 | 脱中心化する時期(保存の概念、系列化の理解など) |
形式的操作期 | 11歳~ | 大人の思考形態に達する時期。抽象的な論理的思考が可能に |
これを見ると、9歳の子はピアジェ博士の言うところの具体的操作期に当たります。「脱中心化」が何を意味するかをまず解説していきます。
脱中心化とは、ひと言で言えば、自分中心の物の見方から脱するということ。1つ前の段階である「前操作期」の子は、まだ物事を相手側の視点に立って捉えるという認識の仕方が育っていません。これはわがままとか自分勝手と言う意味ではなく、まだ他者の視点に立つことができないという、認知上の限界を示しています。そのため、自分が得た知覚情報のみですべての状況を理解したり、判断したりしようとします。
しかし、具体的操作期になると、子どもたちは自分中心の捉え方から離れ、さまざまな知覚情報を組み合わせることができるようになります。それにより他の人の観点からも物事を客観的に見られるようになるのです。これが「脱中心化」です。
これに伴い、保存の概念や系列化への理解が進みます。
まず「保存の概念」とは、物の形や状態を変形させても、その物の数、量、重さ、体積は変化しないということを理解する力のこと。保存の概念を獲得する前の子は、「背の高いビーカーに入った水を背の低いビーカーに入れたら水の量はどうなるか」という問いに対して「水の量が少なくなった」と答えます。「ビーカーの背の高さ」という見かけの情報に思考が左右されてしまったために生じると考えられています。そして成長とともに、6歳で数の保存、7歳で量の保存、そして9歳で重さに関する保存の概念を獲得すると言われています。
次に「系列化」とは、客観的な基準をもとに順番に並べる力のこと。たとえば、先生に「背の順に並んで」という指示も、入学したばかりの子にはまだ難しいですが、9~10歳くらいになると並ぶことができるようになってきます。
これらから分かるのは、9歳の子が属する具体的操作期は、前段階と比べると、客観性、論理性というツールを獲得しているのが分かります。引いた物の見方がだんだんとできるようになってくるのです。頭の中でバラバラなものを整理したり、並べなおしたりすることは、高度なスキルですが、これが徐々にできるようになってくるのがこの時期と言われています。
低学年から中学年で、お勉強から学習へ
それに伴い、学校での勉強が急に難しくなるのもこの時期です。学校の学習カリキュラムというのは、子どもの成長に沿って組まれていますので、認知能力において質的な飛躍が起きる小学3年、4年で勉強内容が複雑化してくるのです。
算数を見ると明らかですが、小学校低学年で習うのは、1年生で足し算、引き算、2年生でかけ算の九九、のようないわば算数の土台部分ですが、3年生になると割り算、そして分数という概念が登場し、4年生になると小数点が出てきて、一気に複雑になってきます。「お勉強」から「学習」に変わる時期と言ってもいいかもしれません。
分母があって、分子がある「分数」、整数と整数の間を刻む「小数」、このような高次な学習言語や概念が入ってくることで、まだ抽象的な思考になじめない子が、「わからない」「難しい」と立ち往生してしまうことがよくあります。認知発達を見込んだ複雑な学習内容が、子どもたちの前に、「9歳の壁」として立ちはだかってしまうのです。
親は可視化する学習法でサポートを
では、このような勉強面で見られる9歳の壁を乗り越えるために、ご家庭ではどんな働きかけをするのが望ましいでしょうか。おすすめするのは、それまでやっていた学習スタイルやすでに持っている知識を使って、新しい学習内容を取り込む方法です。
先ほど、小学校中学年くらいになると、頭の中で情報を区分したり、比較したり、整理することができるようになってくると書きましたが、このような変化は徐々に起こるものです。いくら認知的な飛躍が起こると言っても、「昨日までできなかったのに、今日できるようになった!」のような突然の変化ではありません。ですので、年齢は満ちていても、頭の中でまだ十分に情報を操作することに慣れておらず、それでつまずいているケースは多いので、そういう時は、低学年の時期によく用いられる「可視化する学習法」で、図や絵に書き出して説明したり、手で動かして確認できるような教材を使ったりと、視覚的に確認できる形にするのがよいとされています。
たとえば、分数で三分の一と三分の一を足すと、六分の二になってしまう、こんなときも、ピザなどを三分割して説明すると伝わりやすくなります。勉強自体につまずいているのではなく、抽象的な概念を頭の中で操作することに慣れていないことで起こっていることも多いと考えられますので、アプローチの仕方を変えるという視点を持つことは大事になってきます。
まもなく3年生になるお子さんをお持ちのご家庭でも、すでに今現在、3、4年生で困難を感じているご家庭でも、この時期は勉強内容が難しくなることでつまずく子が増えるということ、そして、そういうときには「見える化」してわかりやすく説明してあげることで理解が進みやすいので、参考にしてみてください。
9才の壁で生じやすい心の葛藤
また、9歳の壁は学習面でのつまづきだけでなく、心の葛藤を生むこともあります。
上で解説したように、この時期の子どもは物事を複数の立場から角度を変えて考える力がついてきています。それまで自分中心だった思考が、他者の存在を意識するように変化してくるわけです。自分が行動の主人公だった時期というのは、当然ながら自分を肯定的に見ることが多いので、幼少期は一般的に自己肯定感が高い傾向があります。しかし、9歳の壁の時期あたりから、周りとの比較を通して自分を見ることができるようになるために、もし自分が人よりも劣っていると感じた場合、自分の評価を下げ、自信を失ってしまうことが出てきます。
また、それに伴って生じやすいのが妬みの感情です。その結果、自分のことは嫌い、友だちが妬ましい、このような心の状態が生まれてしまい、その負の感情を仲間外れ、悪口、いじめなどの形で消化しようとすることがあるため注意が必要です。
とくに今の時代は、受験などを含め、早い段階から競争にさらされることが多いため、他の子との差を感じやすくなっていると言えます。学校のテストのように点数で評価が見えるものは、子どもたちにとって分かりやすい比較対象になりがちです。それがモチベーションになっているうちはいいですが、それが劣等感を生んでしまうと、まるで、「50点のボクは価値がない」のように、点数で自分の価値を値踏みするようになってしまうこともあります。
また葛藤の現れ方という点で、男女差が見られることもあるでしょう。データに基づいたものではありませんが、私のこれまでの育児相談での経験から言えるのは、男の子の方が反発したり、攻撃的になったりというトラブルを抱えることが多く、女の子は内部にためこんでしまい理解が難しいという傾向です。抱えている葛藤は似ていても、男の子の方が激しくも見えやすく、女の子の方が気づくのが難しいのかもしれません。
親としての心構え
認知面の発達にともない、より複雑な物の見方を獲得していくことは、親としても当然ながら喜ばしいことですが、複雑化することで生まれる葛藤もあるわけです。よく、「子どもみたいに天真爛漫に」と言ったりしますが、それは自分を主人公に据えた物の見方をする時代ゆえ、ポジティブさを保ちやすいとも言えるのですね。ただ、1人の人間として成長してほしい以上、自分中心のままではいられません。成長に伴って現れる葛藤はごく自然なものですが、親はこの心理面の発達を頭に入れて、並走してあげたいものです。
自分に対して負の感情があり、他者(友だち)に嫉妬している。このような場合、「そういうのはダメ」と言ったところで収まるものでもありません。むしろ、反発してしまうことの方が多いように思います。
人間の心理として、
・だれかに受け入れられることで、自分への肯定感を持ちやすくなる
・だれかを助けることで、自分の有用感を感じることができる
このようなことからも、その子が「自分って価値ある人間なんだ」というポジティブな感情を得られやすい体験をできる限り取り入れていくのが望ましいと言えます。先ほど、葛藤の出方は男女が違うこともあると言いましたが、結局は自己肯定感への葛藤なので、親がやっていきたいことは同じです。
また上で触れたように、今は9歳で受験勉強をしている子も多いです。いい点だからいい子、悪い点だと悪い子のように、勉強のできや点数とその子自身の存在価値を重ねてしまうと、自己肯定感低下に拍車をかけてしまうので、ほめたり、叱ったりする際はとくに意識してみてください。
ちなみに、自己肯定感はずっと一定の水準を保っているわけではありません。生涯を通して変化をしていくものです。小さい頃は自己肯定感が高く、思春期で大きく下がり、その後また上昇し、定年過ぎあたりからまた下降するというのが一般的です。9歳という年齢は下降が始まるちょうど入口あたり、よって、より気をつけて配慮していくことが大切になってきます。とくに日本人の子どもたちは、諸外国の子どもたちと比較しても、自己肯定感が著しく低いことが懸念されていますので、9歳からの自己肯定感ケアはとくに大事と言えるでしょう。
以上、9歳の壁についてお伝えしてきましたが、すべての子がこの壁を感じるわけではありません。勉強でつまづいたり、友達関係で悩んだりすることで感じやすいので、もしその傾向が見られたら、9歳の壁かもしれないと捉え、対処していってほしいと思います。
育児相談室「ポジカフェ」主宰&ポジ育ラボ代表
イギリス・レスター大学大学院修士号(MSc)取得。オランダ心理学会(NIP)認定心理士。ポジ育ラボでのママ向け講座、育児相談室でのカウンセリング、メディアや企業への執筆活動などを通じ、子育て心理学でママをサポート。2020年11月に、ママが自分の心のケアを学べる場「ポジ育クラブ」をスタート。著書に「子育て心理学のプロが教える輝くママの習慣」など。HP:https://megumi-sato.com/