子どもの不適応を予防する親子の関わりと叱り方|『「叱らない」が子どもを苦しめる』藪下遊先生に聞く!
「叱らない」育児、教育に警鐘を鳴らした話題の本『「叱らない」が子どもを苦しめる』(ちくまプリマ―新書)の著者、現役スクールカウンセラーで臨床心理士・公認心理師の藪下遊先生にインタビュー。17年にわたって小中高のスクールカウンセラーをされてきたからこそわかる不登校の質の変化や、低学年化が進む不登校の原因や対処法、幼少期に行っておきたいことなど、子育て中の親御さんにぜひ読んでいただきたい内容が満載です。
藪下遊(やぶした・ゆう)さん
臨床心理士・公認心理師。大学卒業後、仁愛大学人間学部助手、東亜大学大学院人間学研究科准教授等を経て、現在は福井県と石川県のスクールカウンセラー、保育カウンセラー、各市でのいじめ第三者委員会等を務める。小中高でのスクールカウンセラー歴は17年に及ぶ。
新刊、髙坂康雅さんとの共著書『「叱らない」が子どもを苦しめる』(ちくまプリマ―新書)』が発売中。
目次
この10年で変化した不登校の質
__なぜこの本を執筆されようと思われたのでしょうか?
私はこれまで小中高校のスクールカウンセラーを17年ほど勤めてきましたが、この10年で「不登校の質が変わってきた」と感じることが増えたんです。
不登校のアプローチとしては「無理に登校を促さず、ゆっくり休む」というのが一般的ですが、これには、安心できる状況を作ることで、子どもの内側から「行きたくないけど、行かなきゃ」という葛藤が出てきて、この葛藤の苦しみを支えられることで心理的成長を遂げていく……という流れがありました。
もちろん、個人差はありますし、すべての事例に当てはめられるほど単純なものではありませんが、この仕組みでよくなってきたケースも多かったんです。ですが、10年くらい前から、
「楽しいイベントだけ参加して、それ以外は不登校」
「別室登校はできるけど、苦手なことは一切手をつけない」
という子どもが増えてきたんです。
それまでの不登校は思春期の入り口である10歳前後から増加していく傾向がありましたが、このような「苦手なもの、うまくできない状況を回避する不登校」はもっと早期、小学校低学年や保育園から行きたがらないという傾向が見られます。
「これは一体何が起こっているのか?」と思い、細かく子どもたちの様子や言動、家庭での親子の関わりを調べていくうちに、こうした不登校の子どもたちには、低年齢の頃から「(不快な)外の世界を変えてもらい続けてきた」ということ、「苦手なこと、弱いところ、ダメなところを他者と共有してきた経験が少ない」といった特徴や家庭の傾向が見えてきました。
こうした特徴や傾向を見直すことで、実際に子どもたちの不登校をはじめとした不適応が改善するという事例も多く経験することができたので、こうした知見を予防的に親子の関わりを活かしてもらえたらという思いで本の執筆に至りました。
不登校を防ぐ鍵は、幼少期に「子どもの苦手」から目をそらさないこと!
__不登校や行き渋りを防ぐために、幼少期にどんなことに意識すればいいでしょうか?
ずばり、子どもの苦手やできないことから目をそらさないことです。いわゆる「叱らない子育て」は一見やさしいように見えますが、「苦手」「できない」「やりたくない」といった否定的な部分と関わってもらった経験が少ない子どもは、その後、学校への適応に苦労しています。苦手なことがある自分、否定的なところのある自分を受け容れるのは筋トレと同じで、近道はなくコツコツ向き合っていくことが重要です。
そういう「ネガティブな自分」を親子で共有し、それでも大切にされる経験を積み重ねることで「よくないところやダメなところも含めて自分」という認識が染み込み、将来的にいろんなことに挑める力が育まれます。
「ネガティブな自分」を受け容れていないということは、自分の一部を否定し続けるというこころの状態を作りますから、どんなに頭がよくても自己肯定感が低い子になりがちです。
厄介なことに、子育てのやり方に関わらず、子どもは「ネガティブな自分」をさらすと見捨てられるのではないか、という不安を抱えているものです。ですから、そういう「ネガティブな自分」が明るみに出そうなときに、誤魔化したり、嘘をついたりすることだってあります。
親に求められるのは、そういう誤魔化しや嘘で目を逸らされることなく、きちんと子どもの「ネガティブ」に向き合うことです。
ですから、状況によっては子どもを疑うことだって大切な場合があります。「疑うなんて子どもが傷つく」と思う人もいるでしょうが、子どもが自分の「ネガティブ」を隠し続けてしまうこと、それを誰とも共有せずに生きていく孤独は、長期的に大きな傷つきを生みます。また、親がきちんと「否定的なところがあるあなたでも大切だ」という思いで関われば、その疑いの奥にある愛情は伝わるものです。
思い通りにならないことに耐えられない親子が増えている
__思い通りにならないことに耐えられないのは子どもだけではなく親にも言えることでしょうか?
子どもが1歳前後までは「外の世界を変えてあげる」ことが子育ての中心ですが、それ以降になると保育園に入る等、集団の中で過ごすようになり、「外の世界を変える」ことが難しくなります。
子ども自身が外の世界と調和することが求められますし、子どもが外の世界とぶつかったときに発する不快な感情を親子間で受けとめていくことが大切になります。
しかし、最近の子育てでは、子どもが成長しているにも関わらず「外の世界を変える」という方針を維持し続けている親御さんが見受けられます。
たとえば、学校に不満がある親御さんが、子どもを連れてきて「子どもがこんなに苦しんでいて可哀そう。だから学校を変えて!」と言う。
もちろん、いじめなど考慮すべきケースもありますが、「外の世界を変え続ける」ことで子どもの「外の世界に馴染む力」を失わせるリスクも忘れてはいけません。
こうした親御さんは、子どもに対して「外の世界を変える」という関わりしかしてこなかったため、他の対応(現実に触れて苦慮している子どもを支える等)が難しくなってしまい、ずっと「変えられないものを変えようとし続ける」というパターンに陥っている事例が見受けられます。
親御さんには、1歳過ぎから子どもが外の世界と関わりながら「外の世界にどう馴染んでいくか」という視点での子育ても考えていってほしいと思います。
加えて、親や先生たち世代にも「叱られたり挫折した経験がない」という人が増えています。正確には挫折した経験がない人なんていないはずですから、実際は「挫折したことを受け入れていない人」なのかもしれません。
こういう人は、きちんと子どもを叱れないし、挫折がいけないことだと考えてしまいがちですね。
低学年の不登校は家族の枠組みを正すことで改善する
__小学校低学年から行き渋りや不登校のお子さんが増えていると言いますが、先生はこれまでどのようなアプローチで改善されてきたのでしょうか?
事例として「今までずっと自分の思うように環境を変えてきてもらったために、学校という環境に馴染むことが難しくなっている小学校低学年の子ども」を想定してお答えしましょう。
こういう事例の場合、まずは家の中にきちんと枠組みを作ることを勧めます。特に厳しいものである必要はなく、例えば、
「遊び食べは止めよう」
「スマホやゲームのやり放題を止めて、時間の制限を決めよう」
「〇時には寝よう」
などです。子どもがこういう枠組みに合わせること、その際の不快感を親子間でやり取りすることが大切です。
それまで「自分の思うように枠組みを変えてきた子ども」が、「自分以外の枠組みと調和する」という練習をしていくわけですね。こうした「自分以外の枠組みと調和する」という体験は、学校という枠組みに馴染む上でとても大切であり、不登校の改善を早めてくれます。
こうした事例の対応で大切なのは、「抜け穴を作らない」ということです。よくあるのが、宿題について「子どもが“やっている”と言うので、チェックまではしていません」という親御さんです。実際にチェックしてもらうと「すべて白紙でした……」という場合も少なくありません。
ある程度、親が枠組みのチェックをしていないと、子どもは「自分の思うように枠組みを変える」というパターンから抜け出すことができず、結果として学校という枠組みに適応することを困難にします。
こういうことは低学年のうちから、親子間でコツコツ積み重ねていくことが大切になります。
他者との比較は悪ではない!人は負けを受け入れて強くなる
__どうすれば感情のコントロールが上手にできるようになりますか?
感情のコントロールには色んなルートがあるので「これ一つで大丈夫!」というものは存在しません。
ですが、今までお話した「子どものネガティブ」に触れ、そのときに生じる不穏感情を「親子関係の中で納めていく」ということは、子どもが自らの感情をコントロールするのに大切な経験であることは間違いありません。
こうした不穏感情が出ないように、現実を加工したり、スマホを見せっ放しにして静かにさせておくのは、そのときは楽だと感じるでしょうが、せっかくの「親子関係で不穏感情を納める」という機会を逸しています。
世の中には、こうした子どもの不穏感情を出させないような価値観が増えています。例えば、よく「比較はよくない」って言うでしょう。あれは間違いです。
特に、思春期以降は他者との比較の中で、自分の現実的な立ち位置だったり、自己イメージだったりを創っていくことが大切になります。
もちろん、比較によって不穏感情が生じることになります。だからこそ、子どもが低い位置になったときに「どんなあなたでも大切だ」「点数とあなたの価値はイコールじゃないでしょう」と伝え、支えていくことが大切になります。
こうした支えの無い比較は、確かに苦しいものです。こういう支えを経ることで、子どもは弱いところも含めて自分だと肯定することができるし、うまくいかないときでも自分の感情をコントロールできるようになっていくのです。
叱り方のマナーは「権力欲」のセルフチェックから
__わが子の叱り方がわかりません。意識すべきポイントを教えてください。
権力欲という言葉があります。「思い通りにならないものを、思い通りにしたい」「他者を支配したい」という欲ですが、子どもを叱るときに権力欲が暴走していないかを自己検閲(セルフチェック)しておくことが大切です。
権力欲にまみれた人が「叱る」場合と、権力欲を手懐けている人が「叱る」のでは、その目的が全く異なります。権力欲にまみれている人の叱る動機は、突き詰めれば「子どもが思うとおりに動いてほしい」です。
対して、権力欲を手懐けている場合、自分の欲を満たすためではなく、子どもにとって大切なことを伝えようとして叱っている、という形になります。
ややこしいことに、この権力欲の「まみれ」と「手懐け」の間には、非常に広いグラデーションがあります。
ですから、多くの人が、「子どもが思い通りにしたい」という権力欲と、「子どものために大切なことを」という愛情との入り混じった形で子どもを叱っているというのが現実に近いでしょう。
叱るにあたってのマナーですが、こうした権力欲を自己検閲しながら叱る、つまり
「私は子どもを支配していないだろうか」
「思うとおりになってスカッとしていないだろうか」
などと振り返っていると、権力欲にまみれるのを防いでくれます。
ちなみに、子どもを支配している人は、絶対に「自分は子どもを支配しているかも……」とは思いません。「自分は子どものために言っている」というスタンスを曲げることもなく、権力欲など自分にはございません、という顔をし続けます。
「権力欲の自己検閲」というのは、その存在と危険性を理解している成熟した大人が持ち合わせることができる心的状態だと思うのです。
__今、子育てで悩んでいる方へメッセージをお願いします
本のタイトルには『「叱らない」が子どもを苦しめる』とありますが、「子どもを叱ろう」と言っているのではなく、伝えたいのは、子どもの「ネガティブなところ」に向き合ってあげて欲しいということです。
幼少期から「ネガティブなところ」と向き合ってもらい、支えてもらった経験のある子どもは、その後のこころの成長に差が出てきます。
強調したいのは、こうした「子どものネガティブ」に触れるという関わりに、上手下手はないということです。
大事なのは、親御さんの「否定的なところのあるあなたとも、ちゃんと向き合っていくよ」という覚悟です。
もしかしたら、関わろうとしたら邪険にされることもあるかもしれませんが、それを失敗と思わないでください。たとえ子どもから「ウザい」と嫌がられても、触れる覚悟があると伝えることが大事なのです。
関わり方の上手下手は、その後の関係の中でいくらでも取り返すことができますが、「否定的なところのある自分とは関わってもらえない」という傷つきは子どものこころに強い虚しさをもたらします。
子育てを上手にやろうと思わずに、お子さんと向き合ってみてください。もちろん、困ったことは自分で抱え込もうとせずに、第三者のスクールカウンセラーなどの専門家を頼ってほしいと思います。
いじめ、不登校、小4の壁…新入学&新学期につまずかない4つのコツ
SHINGA FARM(シンガファーム)編集部が執筆、株式会社 伸芽会による完全監修記事です。 SHINGA FARMを運営する伸芽会は、創立半世紀を超える幼児教育のパイオニア。詰め込みやマニュアルが通用しない幼児教育の世界で、毎年名門小学校へ多数の合格者を送り出しています。このSHINGA FARMでは育児や教育にお悩みのご家庭を応援するべく、子育てから受験まで様々なお役立ち情報を発信しています。
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