バイリンガル教育の権威に聞く!【後編】バイリンガル先進国カナダに見る最新英語教育法とは?
後編では、世界的に注目されている「カナダのイマ―ジョン方式」から最新のバイリンガル教育法を学びつつ、日本でわが子をバイリンガルにするために今私たちが家庭ですべきことについて、中島先生にお話をお聞きします。
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バイリンガル教育の権威に聞く! 【前編】日本人がバイリンガルになるために必要なこととは?
国際基督教大学・大学院、トロント大学大学院卒業。トロント大学教授を経て名古屋外国語大学教授。現職はトロント大学名誉教授。専門はバイリンガル教育、継承語教育、日本語教育学。
『完全改訂版 バイリンガル教育の方法』(アルク)、『マルチリンガル教育への招待―言語資源としての外国人・日本人年少者』(ひつじ書房)、『言葉と教育』(海外子女教育振興財団)など著書多数。
目次
理想的なバイリンガル教育「カナダのイマージョン方式」とは?
前回は国家レベルで英語教育に取り組む大切さについてお話しましたが、世界を見渡せば、言語政策としてバイリンガル・マルチリンガル教育を実践している国は少なくありません。中でも、カナダのバイリンガル教育はかなり成功したケースといえるでしょう。
ご存知のとおり、カナダは英語とフランス語が公用語です。ところが実際は、国民の7割以上が英語ネイティブで、主にケベック州を除くとフランス語は日常語としてほぼ使われていないのが現状なのです。しかし、フランス人の方がイギリス人よりも先にカナダに入植したという建国の経緯から、国はフランス系住民への社会的、政治的配慮としてバイリンガル教育を実践する必要がありました。
そこで考案されたのが「イマージョン方式」です。これは人為的に習得したい言語環境を作り出し、その中に子どもたちを浸らせる(=immerse)ことで、母語を保ちながら目標言語も効率的に習得させる方法です。
カナダのイマージョン方式にはさまざまなバリエーションがありますが、基本的には幼稚園~小学校低学年まではフランス語のみで全教科を学び、フランス語の基礎が身について来たら英語での授業の比率を徐々に増やし、小学校高学年で仏・英の授業比率を同じにする、という計画に基づいています。
気になるのはイマージョン・スタイルでどれぐらい語学力がつくのかという点ですが、小学6年生になる頃にはフランス語の聴解力や読解力、会話力ともにほぼネイティブ並みに近づくと言われ、その効果も立証されています。また、イマージョン方式による母語(英語)への悪影響も、ほとんど見られないことがわかっています。そればかりでなく、相乗効果で母語がより伸びると言われているのです。
つまり、カナダは公教育の中で英語とフランス語を高いレベルで運用できる人材の育成に、一定の成功を収めたわけです。カナダから始まったイマージョン方式は、その後世界各地に広まり、多くの教育機関で活用されるようになっています。
日本にもイマージョン方式を取り入れている学校はあるのですか?
カリキュラム全体をイマージョン方式で設計している学校は、数は多くありませんが日本にもあります。加藤学園、ぐんま国際アカデミー、そしてイマージョンではありませんが英語と日本語を学習言語として使うニューインターナショナルスクールなどが代表的です。ただこれらは私立の学校ですから、すべての子どもたちに門戸がひらかれているわけではありません。
私としては、高い日本語力と英語力を併せ持ったグローバル人材を育成するために、日本語の特性を考慮したオリジナルのイマージョン教育をできるだけ早く公教育で始めるべきだと思っています。
子どもをバイリンガルに育てるために、各家庭でできることは?
現状の公教育にあまり期待できない以上、現段階ではそれぞれの家庭ごとの努力が必要でしょう。金銭的な余裕があれば、海外の英語圏の学校に一時体験入学させたり、語学スクールに通わせたり、ネイティブの家庭教師を雇うなど、いろいろな方法が選べるでしょう。でもこれらは一部の裕福な家庭だけに許される選択肢です。本来は教育のプロがやるべきことを家庭が肩代わりすることには、正直言って限界があります。
ただ、各家庭で子どもに英語学習への動機付けをすることはできます。
例えば、国内外のサマーキャンプや親子留学プログラムなどに参加して、一時的にでも英語イマージョン環境を体験するといった方法。英語環境のない日本人の子どもたちにとって、教科書の中にだけ存在していた英語を、人々が生活の中で実際に使っている様子を知ることは、非常に良い刺激になります。生きた英語に触れ、生きた英語を使う経験は、子どもの英語への興味を確実に高めるはずです。
英語DVDの掛け流しやオンライン英会話だけでは話せるようになりません
日本では、家庭でできる手軽な英語教育としては、英語DVDの掛け流しやオンライン英会話なども人気があるようですね。でも、DVDもオンライン英会話も、生身の人間とのダイレクトなやりとりではありません。子どもの学習意欲にもよりますが、効果は限定的なのではないでしょうか。それだけで英語教育が完結するものではなく、あくまでも「補助的なもの」と考えた方が良さそうです。
しつこいようですが、英語教育の基本は「学習環境が自然であるかどうか」「学習内容がインタラクティブであるかどうか」が重要ですから、家庭に取り入れる際にはここを一つの判断基準にされるといいと思いますよ。
親が本気で英語と向き合うことが子どもにとって一番の動機付けになる
子どもに英語を押し付けるだけでなく、親自身が英語に関心を持ち、いっしょに学ぶ姿勢を見せることは非常に大事なことです。
小さな子どもは、お父さんお母さんが夢中になって取り組むことに興味を覚えるものです。まず親が本気で英語と向き合うこと。それは巡り巡って、子どもの英語学習に対する動機付けにつながるのです。
親が子どもといっしょに英語の本を読むのはいいことですが、読み聞かせはネイティブ音源などを利用することをおすすめします。お母さんがネイティブレベルでない限り、間違った発音や言い回しが身についてしまい、後で学び直しに苦労する可能性がありますから(笑)。
まずは母語をしっかり身に付けつつ英語環境を作ること!
家庭内に「自然と英語学習をしたくなる雰囲気」を作るということも効果的です。ただし、やり過ぎは禁物です。
日本では英語教育が遅れている反動なのか、一部の教育熱心な親の中には「日本語よりも英語が大事」と考える人も少なくなく、幼いうちから極端に英語に比重を置いた環境で子育てをしてしまうことがあります。その結果、自然な母語の発達が妨げられ、日本語も英語もどちらも未熟なままになるケースもありえます。
本来、理想的なバイリンガルの姿とは、日本語を母語としながらも高いレベルで英語を運用できる人材なのですから、これでは本末転倒ですね。
母語は単なる言葉を超えて、自らのルーツや文化、アイデンティティと切り離すことのできないものです。そして母語は英語の習得の邪魔になるものではなく、むしろ知能や情緒面での発達に欠かせないものであるということを、各家庭がしっかりと理解することが大事です。
バランスよく2つの言語を育てていくのは、そう簡単なことではありません。
お父さん・お母さんには、その長い道のりの過程で、子どもたちが常に英語への学習意欲を保てるような環境づくりをサポートしてあげてほしいですね。
大長編でお送りした今回のインタビュー、いかがでしたか? 中島先生のお話は、私がセブ島でバイリンガル子育てをしながら感じていた疑問や不安に、すべて答えてくれるような内容でした。とくに「英語偏重主義ではなく、母語もしっかりと学ぶことが大切」「英語教育には国が言語政策として取り組むべき」という主張には、何度も深くうなずいてしまいました。
また、本文には掲載しませんでしたが、カナダでイマージョン方式が誕生した背景に親たちの強い要望があったと聞き、私たち日本の保護者ももっと声を上げなければならないな、としみじみ思いました。
なお、バイリンガル教育については1月28日に発売された中島先生の著作、『完全改訂版 バイリンガル教育の方法~12歳までに親と教師ができること』にも詳しく書かれています。ご興味のある方は、ぜひご一読を!