【連載4回目】全米が注目する最新トレンド、SEL教育とは?:ヒューマンスキルの育み方
出典:Miss Wood Classroom ASIJ
近年、アメリカで広がりをみせている学習分野『Social Emotional Learning (SEL)』。連載の3回目で取り上げた4Cのスキルよりも、子どもの内面にもう一歩踏み込んだ学習法です。この学習法では、自分の感情や思考パターンを客観的に理解する力を身につけることが重要であるとされています。
SELを取り入れることで、学力が上昇することもわかってきており、STEM分野の知識や4Cの習得では見落とされてきたスキルに焦点を当てた学習法として今、全米で注目されています。
とくに幼少期の学びが重要であるとされるSEL教育ですが、ここでは、その内容と教育現場での取り組みについてお伝えします。
目次
注目されるSEL教育:社交性と感情の学習で学力を伸ばす!
SELとはSocial and Emotional Learning の頭文字をとったもので、「社交性と情動の学習」とされています(1)。
アメリカでは、80年代からSELを活用することで、生徒の問題行動が減少し、学力も上昇することが明らかになってきています。すでに90年代には「自分の感情を客観的に認識する方法」「衝動をコントロールする方法」「ストレスを軽減する方法」として、その有効性が認められていました(2)。
1994年には全米規模でSELを推進するための教育団体CASEL(Collaborative to Advance Social and Emotional Learning)が設立され、SELは「感情を理解し適切に対処する、前向きな目標を設定し達成する、他人に対して思いやりを示す、他者と良い関係を築き維持する、責任ある意思決定をする一連のプロセスの学習」として定義されるようになりました(3)。
最近では、幼少期における社交性や情動に関する学びが、後々の子どもの学習面、社会面のパフォーマンスに大きく影響していることも調査からわかってきています(4)。
このような結果を受けて、イギリス政府はSELの国家プロジェクトを立ち上げており、今年初めから30人の保育士を選抜し、SELのエキスパートとして育成するトレーニングを始めています(5)。
社交性や感情のコントロールといったスキルは、家族や友だち関係のなかで子どもが自然に学んでいくものだと思われがちかもしれません。しかしSELでは、子どもたちが授業のなかで、理論と実証に基づいた教材を通してこれらのスキルを学習していくことを重要視しており、アメリカ・イギリスをはじめとする英語圏で注目が高まっています。
SELで伸ばせる5つの力:自己認知、自己管理・社会認知・対人関係・責任ある意思決定
社交性や感情について学ぶというと、具体的に何を指すのかわかりにくいかもしれませんが、CASELでは、「子どもたちが学習すべき5つの力」を次のように説明しています(6)。
出典:CASEL
自己認知(Self-awareness): 自己認知は、自分の感情、思考、価値観、そして、それらが自分の行動にどのような影響を与えるかを正確に認識できる能力です。自分の強みや弱みを把握し、自分にはできるという自己効力感を持ちながら前向きに物事を遂行する能力も含まれています。
自己管理(Self-management): 自己管理とは、自分の感情、思考、行動を律する能力です。ストレスのコントロール、衝動の抑制、やる気の持続を効果的に行いながら、学習面や生活面の目標を達成する能力であるとされています。
社会認知(Social-awareness): 社会認知とは、他人の立場に立って物事を理解し、共感できる能力です。また、社会規範や倫理規範を理解したり、家族・学校・コミュニティのなかで自分がアクセスできる社会の支援体制について認識する力も社会認知力であるとされています。
対人関係(Relationship skills): 対人関係力とは多様なバックグランドを持った個人やグループと良好な関係を築き、維持することができる能力です。ここには、自分の意見を表現する、他人の意見を聞ける、他人と協力する能力だけでなく、同調圧力に抵抗できる能力、自ら支援を求めたり、他人を支援することができる能力も含まれています。
責任ある意思決定(Responsible decision-making):責任ある意思決定ができる力とは、安全性・社会規範・倫理規範に基づいた選択をし、行動することができる能力です。また、自身の行動の結果を現実的な視点から評価し、自分や他者の幸せを考慮することができる能力でもあるともされています。
教育現場でのSELへの取り組み
では、SELは教育現場でどのように取り入れられているのでしょうか?ここでは、自己認知、自己管理、対人関係の3つの取り組みの例をご紹介します。
まず、一つ目は、自己認知で、自分の感情を特定して言語化するトレーニングです。例えば、下図(7)のように信号の色と感情を結びつけて、子どもたちが自分の感情を客観的に判断できるよう訓練をします。
赤は激しい怒りの感情、黄色は不満が募っている状態、緑が落ち着いてリラックスしている状態を表しています。最近は、絵文字を利用したアクティビティも活用されているようです。
また、その日の感情を一文で表現した日記を続けたり、自分は怒ったときにどういう行動をとる傾向があるかなどを文章化させて認識させるという学習も行われています。
出典:Katherine Gordy Levine
SELは学習内容だけではなく、教室のデザインにも取り入れられています。広がりを見せつつあるのが、Clam Corner やComfort Corner と呼ばれる、子どもたちが怒りや不満を感じ、冷静になる必要があると感じたときに利用するスペースの設置です(8)。
下の写真のように、教室の一角に椅子やソファーが置かれており、本や「センサリートイ」と呼ばれる五感を刺激するおもちゃなどが置かれています。子どもたちは、落ち着きを取り戻すまでこのスペースでおもちゃを使って遊んだり、本を読んだりすることができます。
対人関係の学習では、具体的な場面を想定し、そのときに自分はどのように感じるのか、また、その場合はどのように対処すれば良いのかを考える時間が取られています。
例えば、「一緒に遊ぼうと約束していたお友だちが、休み時間に一緒に遊んでくれなかったらどうしますか?」といった質問があり、下の写真のように、
I feel when and I (wish, hope, need)
と下線部を自分で埋めたり、動詞を選んだりするアクティビティがあります。右の上の写真では、「友だちがそうしたとき、自分は大丈夫だけど、その前に私に聞いて欲しかった」と記入されています。
出典:Miss Wood’s class activity ASIJ
今回は、STEM教育の知識や4Cのスキルでは見落とされてきた社交性と情動の学習であるSEL教育についてお伝えしました。
幼少期におけるSELの重要性が明らかになるにつれ、学校だけでなく、家庭においても感情や社交性についての学習を積極的に取り入れていくことが大切だとされてきています。まずは、毎日の生活のなかで、お子さんと一緒に「今日の気持ち」について話してみる時間を作ってみてはいかがでしょうか?
(1)https://www.jstage.jst.go.jp/article/arepj/55/0/55_203/_pdf
(2)https://www.edutopia.org/social-emotional-learning-history
(3)https://casel.org/what-is-sel/
(4)https://www.unicef.org/northmacedonia/press-releases/social-and-emotional-learning-early-years-crucial-brain-development
(5)同上
(6)https://casel.org/core-competencies/ 5つの能力の図と定義についてはCASELの公式ホームページを参照。
(7)http://www.emotionalfitnesstraining.com/to-act-or-not-to-act-session-seventeen/
(8)https://theartofeducation.edu/2019/01/21/how-to-create-a-calm-down-corner-in-5-easy-steps/
世界35か国在住の250名以上の女性リサーチャー・ライターのネットワーク(2019年4月時点)。
企業の海外におけるマーケティング活動(市場調査やプロモーション)をサポートしている。