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【インクルーシブ教育】とは?~東京大学名誉教授の汐見稔幸教授らが解説!~

【インクルーシブ教育】とは?~東京大学名誉教授の汐見稔幸教授らが解説!~

東京大学名誉教授の汐見稔幸さんによるオンライン連続講座『これからの教育のゆくえ』。今回は、10月24日に開催された“インクルーシブ教育”の模様をお伝えします。

少子化により義務教育を受ける子どもの数が減少する中、特別支援教育対象児の数は約41万7,000人と増加傾向にあり、発達障害の可能性がある児童が通常学級において6.5%在籍しているというデータも(文部科学省 令和元年の調査より)。これからの学校教育を語る上で必要不可欠のテーマです!

インクルーシブ教育とは?

__そもそも、「インクルーシブ教育」とはどういうものなのでしょうか?

「簡単に言うと、障害のあるお子さんと健常児が一緒に授業を受けるということですが、それだけだと「統合教育」なんです。インクルージョンは、それに加えて障害がある子がいっしょにいることによって周囲もさまざまな利益を受け、相互に+の関係や環境を作っていくということです。ユネスコでは当たり前の考えになっており、日本でも文科省が2013年度からインクルーシブ教育を進めていますが、まだまだと言うのが現状です。」(汐見先生)

注意したいのが、インクルーシブ教育=今の普通学級に障害のあるお子さんが入ることではないということ。さまざまなニーズのある子どもに対応するために、教員や設備を整えた学校のシステムを再構築した“大きく深い普通学級”に変える必要があり、そのためには課題が山積しています。では、実際にインクルーシブ教育を率先して実践されてきたお二人の先生にお話しを伺い、学びの本質を考えていきましょう。


森村美和子先生
国立大学の教育学部を卒業後、公立小学校教諭として知的障害学級、通級指導学級で実践を重ねる。現職教員の傍ら早稲田大学 大学院で学びを深め、現在は特別支援学級担任を務めている。平成30年度文部科学大臣優秀教職員表彰を受賞。

 

大切なのは、仲間と同じ悩みや課題を共有できる環境づくり

__森村先生の特別支援学級では、どのような取り組みを実践されているのでしょうか?

自立活動という時間があります。

【自立活動(気持ちコップ君)】

一例ですが、「気持ちコップ君」という感情認知の活動では、ピンクがプラスの気持ち、青がマイナスの気持ちと色分けし、お題に合わせ自分の気持ちにプラスとマイナスのレベル0~5のところに紙コップを置きます。たとえば、「今日の給食がカレーライスの日だったら?」というお題に対し、自分の気持ちに合うところにコップを置いて気持ちを表現し理由を話します。

同じ意見に「わかる!」と共感する子や自分と意見の違う友達に「なるほど」と理解を示す子がいたり楽しい活動です。

【自分研究】

同じ悩みや課題を持つ仲間と困っていることを共有して対処方法などの研究をする活動です。「不安タイプ」の「泣き虫ゴースト」さんの研究をした女の子は、自分を分析して対処法を考え、漫画で表現しました。研究したからといって不安が急になくなるわけではありませんが、「不安なことや苦手なことは誰かに話して相談していいんだ」「対処法があるかもしれない」と感じられるところが自分研究の良いところかもしれません。

子どもたちは、同じ悩みや課題を持つ仲間に出会い、苦手と向き合う中で仲間がいるから頑張れると話します。

「大泣き草を育てるの。この草のしずくがいつか破裂するころには夢がかなう気がする。不安やいやなことと向き合う感覚楽」(6年生)
「心にさわるのは誰かに相談すること。一人では、ばくはつしちゃう」(4年生)
「どんな気持ちも大事」(6年生)

など、大人がはっとするようなことも言ってくれます。

大人側の子どもイメージを再構築してみること

__森村先生が子どもと接する際に大事にしていることは?

子どもたちの発想って素晴らしいですよね。「苦手」とか「困っている」ことの対処方法を相談して、表現することは大事だけれど、それよりも「好き」とか「得意」とか「ワクワク」をもっと大切にできないかと最近は思っています。

また、「環境のデザイン」も大事にしています。ここに来る子たちは、感覚過敏な子も多いので、「自分で道具を選べること」や、「疲れたときにリラックスできる方法」を学ぶことも大切です。基本は子どもの世界を楽しむことを基盤にしています。

__コロナ禍で変化したことはありますか?

コロナ禍で予定の変更なども多く、不安定になっている子が多いのが現状です。私自身どうすればいいか悩みましたが、校長から「子どものためになるなら今までの常識にはとらわれず新しいことにトライしたら?」と言われ、希望がもてました。

現在は、リモートで東京芸術大学×企業×子どもで「香りの開発」会議に参加したり、ゲーム好きな子がゲーム作りをしたり、リモートで通常学級の交流の授業に参加したり、リモート保護者会を開催したりと、日々、新たな取り組みを行っています。

__森村先生が大切にしていることは?

「ふたばヒーロー」というキャラクターを作った子どもが「ふたばヒーローの必殺技は、話を聞くこと」と教えてくれました話をじっくり聞くことが必殺技になるんですね

一人一人の声に耳を傾けながら、学校だけでなく「つながり」を大事にして実践をしていきたい。特別支援学級の子どもたちが監修し、一緒に製作した、動画絵本~子どもの気持ちシリーズ「ずっと言えなかったコト」~もぜひご覧ください。

【森村先生のまとめ】

・「好き」「得意」「ワクワク」を大切に
・自分で道具を選べるなど環境のデザインは重要
・困ったら、子どもに聞いてみる

続いては、個性を伸ばすインクルーシブ教育として話題の世田谷区立桜丘中学で2010年から10年間校長を務められた西郷孝彦さん。校則や定期テストを廃止したことでも話題です。

西郷孝彦さん

上智大学理工学部を卒業後、都立の特別支援学校をはじめ、大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年から10年間、世田谷区立桜丘中学校長に就任し、生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進。著書『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』(小学館)など。

 

大事なのは、学校の中に子どもたちの居場所をたくさん作ること!

__世田谷区桜丘中学は「校則がない学校」で有名ですが、どのような学校ですか?

先生方に大切にするように言っていることは4つあります。

その1 多様性の受容と尊重(みんな違っていい)
その2 愛情を持って生徒に接する
その3 一人一人を大切にする
その4 子どもと共に生きる(一緒に悩む、泣く、笑う)

たとえば、「学校までは来られるけど教室に入れない」子どもたち。そんな彼らのために、廊下にテーブルとイスを用意したら、廊下が彼らのコミュニティの場になったんです。それならばと、タブレットや3Dプリンターを置いてみんなが自由に使えるようにしました。

ある子が麻雀のパイを持ってきたとき、他校であれば「余計なものもってきたらダメだ」となるかもしれませんが、「やりたいから持ってきたんだろう」と考え、放課後に、教頭も一緒になって廊下で麻雀をしました(笑)。これが桜丘中のベクトルです。

__先生たちの指導においてこだわった点を教えてください

特にこだわって実践していたことは

「子どもたちがやりたいと思ったことを実現して徹底的にやる」
「教師は生徒の好きなことを見つける手伝いをする」
「子どもたちの居場所をたくさん作ってあげる」

という3点。美術の授業でインスタ用の映える写真撮影をしたり、地域や外部講師のボランティアで「ボーカルレッスン」「ギター」「英語」など、放課後に子どもたちの好きを伸ばすための活動を積極的に支援したりしています。

インクルーシブ教育を「すべての子どもたちが3年間を楽しく過ごすこと」に再定義

__西郷先生が考える「インクルーシブ教育」とは?

「インクルーシブ教育」という言葉は、教員であってもわからない人が多いと思います。そこで、生徒もわかるように「すべての子どもたちが3年間を楽しく過ごす」と再定義しました。「一人でも楽しくない子がいたら助けてあげないと!」と言う考えです。

そのために何が必要かというと、目の前の子どもたちを観察すること。一人の子どもをよく深く観察すると学校全体の課題が見えてくるんです。

__具体的なエピソードがあれば教えてください。

ある時、識字障害のある子が転校してきました。前の学校では、音声変換のタブレットを使いたいけどダメと言われたそうです。その子だけOKにすると当然「ずるい!」という声がでます。それで、「全員使っていいよ」としたら、結局必要な子しか使わないという現象が起きました。発想の転換です。

【西郷先生のまとめ】

・インクルーシブ教育を「すべての子どもたちが3年間を楽しく過ごす」と再定義
・一人の子どもをよく深く観察すると学校全体の課題が見えてくる
・自由とは先生と生徒の信頼関係があってこそ。責任も伴う

インクルーシブ教育とは「自分探し」や「自分研究」の追求

__最後に、3人の先生によるまとめの一言を。

森村先生:私が日頃大事にしていることは、以下の3つです。

●面白がる(子どもたちの世界を)
●困ったら聞いてみる(どうしてほしいのか、よく見て本人に)
●つながる(一人では難しいこともあるので)

西郷先生:大事なのは「何もしない」こと!
子どもたちは、放っておいても成長するんです。だから余計な事はしない。ただ、育つためのいい環境を作ってそこに置いておけばいい。社会でも家庭でも子どもが豊に育つ環境を作ってあげることです。

汐見先生:人は何のために学ぶかというと、
●今生きている世界を知るため
●他者との関係性を身につけるため
●自分が何のために生きているのかを見つけるため

森村先生の「自分研究」はすごく興味深いですね。障害のある子が外に出て自分を外から眺めて知ることが大事なんだと感じました。そして、西郷先生がおっしゃっていた、「自由が与えられると自己責任でやるようになる」「自分を知らないと自由という条件を使えない」という言葉が印象深かったです。

お二人が追及されている「子どもたちの自分探し」や「自分研究」がインクルーシブ教育については大切ということだったですね。そこで語られる言葉は、因果関係の言葉でなく、心の深みから出るナラティブであり自分が生きていることを表現するストーリの言葉なんですね。

子どもたち一人一人のストーリーを一緒に生きるというのがインクルージョンかもしれません。


汐見稔幸先生
東京大学名誉教授、日本保育学会会長、白梅学園大学名誉学長、社会保障審議会児童部会保育専門委員会委員長、一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事。専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。NHK Eテレ「すくすく子育て」「ウワサの保護者会」などにも出演し、保育、子育て、教育などについてのやわらかくわかりやすい解説に定評がある。講演、著書多数。
著者プロフィール

SHINGA FARM(シンガファーム)編集部が執筆、株式会社 伸芽会による完全監修記事です。 SHINGA FARMを運営する伸芽会は、創立半世紀を超える幼児教育のパイオニア。詰め込みやマニュアルが通用しない幼児教育の世界で、毎年名門小学校へ多数の合格者を送り出しています。このSHINGA FARMでは育児や教育にお悩みのご家庭を応援するべく、子育てから受験まで様々なお役立ち情報を発信しています。
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